なぜ”自死”は忌避されるのか?”自死”してはいけない理由

希死念慮、自殺念慮イメージ図 コラム
希死念慮、自殺念慮
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 今宵もタヒたくて悶え苦しんでいるみなさま、あるいは知人・友人から”タヒたい”と相談されて困っているみなさま、こんばんは。ぷっちんいくらです。病気の体験談を書いていく前に、苦しんでいるみなさまに一番伝えたいことを書いておきます。

 !※注意※!
 希死念慮で悩んでいる方にこそ読んで欲しいと思っていますが、非常にセンシティブでショッキングな内容も含まれた私の率直な意見を記しています。記事を読んでいて落ち着かない気持ちになったり、そわそわしたり、不安になった場合はブラウザを閉じて閲読を止め、深呼吸してとりあえず寝てくださいね。

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”自死”(自殺)はいけないこと?

 みなさま、漠然とそう考えている方が多いと思います。希死念慮や自殺念慮・自殺願望を持つ人々は、それゆえに二重にも三重にも苦しめられます。非人道的な欲望だと責められているようにも感じるし、”死”という希望を絶たれているようにも感じ、逃げ場がなくなる。今、タヒにたくて堪らない方々は、筆舌しがたい苦しみに悶えていることでしょう。

じゃあ、本当に”自死”はいけないことなのか?

 実のところ、私は”自死”や”安楽死”、”尊厳死”について容認派です。これは無神論者な私の宗教観に基づくものなのですが、世間一般に大きなシェアを占める(信者の多さをシェアと言っていいのか)仏教やキリスト教も、基本的にこの世が素晴らしいものだなんて語っていないのですよね。(無神論者なので詳しくはしらないけど、私はそう受け取っています。)
 仏教は完全にこの世(生れ落ちること)は苦行でしかなく、徳を積むための場所という考え方。即身仏(自ら生きたままミイラになる、いわば自死)なんてものもあり、“自死”を固く禁じているわけではない宗教とも言えます。
 キリスト教はそこまでこの世を否定していませんが、あの世に行くことは主の傍に行く幸せなこととして相対的にあの世を肯定しています。ただし、“自死”は自分を殺すこと、すなわち殺人者と同じ。命は神からの授かりものなので、いつ死ぬかは神が定めるべきもの。人の手で行ってはならない。という意味で、殺人同様に”自死”は特にタブーとされています。
 でも私は”自死”と殺人は大きく異なると考えています。人が唯一、生まれてから最期まで絶対的に自分のモノだと言い切れるものは自分の命だけだから。(これすらお前のモノではないと言われたら、わたしにゃもう何もないよ、パトラッシュ。)

 そして基本的に人間以外の動物は”自死”しません。自分の死期を決めることが出来るのは、知能が発達した人間だけが持つ特権ともいえるのではないでしょうか?
 そういった意味で、私は”自死”や”安楽死”、”尊厳死”について容認派なのです。

 その一方で、冒頭でもお話ししたように大部分の方は“死”について話されると、どことなく嫌な気分になるでしょう。これも生物として当然の反応です。生物の本能は“生きる”ことと“増える”ことにあります。”自死”はその本能に真っ向から反抗した考え方なわけですから、本能的に忌避するようにできているのです。というか、そういう仕組みでなくては、ちょっとした困難にぶち当たっただけでどんどん自死していくメンタルお豆腐生物として絶滅の危機一択。
 そんなわけで、知人・友人から”自死”を仄めかされると居心地悪い気持ちになったり、対応に困ったりするのは至極当然でまっとうな反応ですし、私が”自死”や”安楽死”、”尊厳死”について容認派ときいて、やだこの人キライと思ったとしても当然といえます。悲しいけど

 ほんで結局、”自死”はええのか、悪いのかどっちやねん!?と言いたいあなた、まぁ、話しは最後まで聞いてください。私は”自死”容認派ですが、TPO(時と場合)によると考えています。

あなたの”自死”したい理由は本当にそれ?

 さて、今、あなたを悩ませている希死念慮、自死念慮、自殺願望、そういう考えに至った理由があるはずです。仕事で失敗した、失恋した、DV、パワハラ、セクハラ、虐待、金銭的理由 etc それぞれ色々な理由があって、現在の状態に陥り、苦悩を強いられていることと存じます。でも敢えて再度問います。

 あなたの”自死”したい理由、本当にそれですか?

 ここで、「…えっ?」とフリーズした方、今日はとりあえず死ぬのを止めて一旦寝て、明日もう一度続きを読みに来てください。

 「…あ、あたりまえじゃねーか!そんじょそこらの悩みじゃねぇんだぞ!」と思ったあなた、もう一度問います。

 あなたの”自死”したい理由、本当にそれですか?

 ここで、やっぱり「…えっ?」とフリーズした方、今日はとりあえず死ぬのを止めて一旦寝て、明日もう一度続きを読みに来てください。

 なぜ私が何度も聞くのか。“自死”したい理由というものが、ものすごくかなり本当に大切だからです。
 かくいう私も、途中から”自死”したい明確な理由があると信じていたのです。バセドウ病からうつ病になり、仕事もできなくなったし、こんな状態では結婚も無理だ。人生の全てを失った。このつらい状況をがんばって生きる意味なんてあるのか?というか、なんで頑張らなきゃいけない?私には楽になる権利があるはずだ、と。
 しかしその動機は、脳が後付けした理由にすぎませんでした。人間の脳みそって高度に発達してるけどバカでさ、〇〇したい!という行動や衝動に対して勝手に理由付けするのです。理解できない衝動や現象は不安で怖いから。昔の人が心霊現象を妖怪の仕業にしたように、私の脳みそは”自死”する動機を作り出していました。(うそやん!と思うかもしれませんが、ガチです。)

 ーで、前述しましたが、生物は本能的に”死”を忌避します。それにも関わらず、なぜ知能が発達した人間だけが”自死”を渇望するようになってしまったのか?
 私は大部分の希死念慮、自死念慮、自殺願望は、知能が発達したことによるバグだと考えています。
 現状を打破するため、楽になりたい、解放されたいと思って解決策を模索した結果が”自死”。そして生きようとする”自死”してはいけないという本能とのジレンマで苦しむループ。こんなん完全なバグやん!

 私がバグと呼んでいるこの現象、心理学ではトンネル現象と名前がついています。

トンネル現象図解

トンネル現象とは、強いストレスや緊張状態で注意や視野が極端に狭まり、周囲の重要な情報に気づけなくなる心理的状態のこと。判断力や対応力の低下を招く。

 つまり、本当は他にも手段があるかもしれないのに、強いストレス状態でその他の手段や最善の手法が思いつかず、”自死”しか考えられなくなる心理的状態のことです。

 いや、でも、本当にいろんなこと考えたし、全部やってそれでもダメで、もうタヒぬしかないんや…!!と思うことでしょう。

 本当に全部やった?本当にすべての解決策を模索した?

 断言します。99%の方は、まだすべての解決策を模索していません。
 なぜそう断言できるのか?

 あなたは今、それができる状態ではないから。

 あなたが”死”に囚われて毎日のように悶え苦しんでいるということは、失礼ながらあなたの脳が正常に機能していないことを示します。あなたがアタオカ(頭おかしいの略)になったとか、そういう話しではなく、何らかの強いストレス下にあり、今、他の手段を考えられなくなっている。

 人間は高度に発達した脳をもち、高い知能を獲得しました。これはもう、それゆえに発生しているバグです。
 あなたの脳は、強いストレス下から逃れらる一番簡単な手段を提示した。

 それが“自死”

 生きるための手段として、”自死”を提示してきたのです。さらにその”自死”の動機も、勝手に後付けしちゃってたりする。笑っちゃうくらい矛盾しているでしょう?

 ちなみに例外的に考えられる1%の全ての解決策を模索した方というのは、私の中ではALS(筋萎縮性側索硬化症)や末期がんなどで現代医療では痛みや苦しみを除去することのできない方。それでも日本にはまだ”安楽死制度”はなく、それらに罹患した方々は苦しみぬいて死ぬことを強いられています。これらについては別記事でコラムを書くつもりですが、私は”安楽死”や”尊厳死”容認派で制度の導入を強く希望していますが条件については慎重であるべきとも考えています。

 ここまで書いてきたように、生きるための手段としての”自死”を渇望している方がいるからです。

 オランダ、ベルギー、カナダでは、精神疾患を理由に安楽死(医師幇助自殺含む)が認められる可能性があるとのこと。実際、17歳の少女が幼少からの精神疾患を理由に安楽死制度を利用したという事例もあります。
 これは非常に難しい問題で、安易に彼女の選択を否定することは彼女自身や遺族の尊厳を否定しかねません。彼女には彼女の人生があり、重い苦しみがあり、解放されたいという渇望があったはずで、それらが叶ったことに後悔はないことでしょう。
 ただ、希死念慮に7年以上苦しめられた私個人としては、精神疾患による”安楽死”、”自死”には否定的です。もし私がオランダに住んでいたら、私はその苦しんでいた7年の早い段階で”安楽死”制度の申請を出していたでしょう。そして、数年程度でその意思は変わらなかったので、今、この記事を書いている私はいなかったことでしょうから。

とりあえず今日は寝て、明日にしない?

 総括すると、”自死”や”安楽死”,”尊厳死”は容認派だし、最終手段として苦しまずに解放されるという特権はあってしかるべきではないか、と私は考えています。


 しかし、あなたが今すぐタヒでいいか?は別問題。いつか本当に最終手段が必要となったなら、あなたにも特権を使う権利はある。安心して。でもね、あのね、あなた、疲れてるのよ。これ本当に。だからとりあえず今日は死ぬのをやめてたくさん寝よ。明日のことは明日考えたらいいから。そんで明日もたくさん寝よ。

 そして、今のあなたの状態があなた自身の考え方や、あなたの人格のせいではないことを覚えていてください。あなたは何も悪くない。ただ何らかの理由で強いストレスを受け、今の状況にならざるを得なくなってしまっただけ。ちょっと人生の休息をとりましょ。

 もし、この記事までたどり着いたけどまだ心療内科に受診してない、という方が居たら、今すぐ受診の予約しましょう。大丈夫。コワイところじゃないよ。すぐにきついお薬を出されることもほとんどない。あなたの不安が和らぐような薬を出してくれるだけ。(逆にいうとマジそれだけなんだけど)

 病院行って薬飲んでいればすぐ治るというものではないし、あなたの筆舌しがたい”自死”への渇望の苦しみも、すぐには拭い去れません。でも、確実に少しずつマシになります。それも本当です。ただ時間と長い休息が必要なのです。経済的な問題とか、ほんといろいろ考え始めたら不安なことばかりですよね。でも一旦、今日、それらを考えるのはやめましょ。ぜんぶ、とりあえず今日は寝て、明日起きてから。

 そう、とりあえず明日まで生きよ

ここまで読んでまだ気持ちが落ち着かない方、今すぐ相談したい方。
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