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当サイトについて
今宵も”タヒにたい”と苦しみ悶える子羊のみなさま、または”タヒにたい”と友人・知人に相談されて困っているみなさま、あるいは”タヒにたい”とまでは言わずとも、それなりになんやかんや悩んでたり悩んでなかったりするみなさま、初めましてこんばんは。
ぷっちんいくらと申します。
当サイトは ぷっちんいくら こと わたくしが罹患した病・ケガの赤裸々ララバイな体験談と、主にバセドウ病と双極性障害について調べに調べまくったの知識の集大成を記していくサイトです。
ぷっちんいくらについて

プロフィール(概要)
【名前】ぷっちんいくら
【年齢】お察しください
【性別】雌
【好きなもの】御猫様(崇拝)
【嫌いなもの】運動全般
【信念】御猫様をお迎えしてからは完全に御猫様の下僕。御猫様第一主義で、いつか御猫様教を作りたいと野望に満ちています。
主な病歴
~小学生頃まで<小児ぜんそく・咽頭炎>
小児ぜんそく、咽頭炎で2~3日の入院が数回。アトピーもひどかったので過去の写真みると誰かわからん。
中学~高校生ごろ<とくになし>
小児ぜんそくがほぼ完治。咽頭炎にもなるものの、免疫力がついてきたのか入院するほどには至らず。
アトピーが異常にひどかった暗黒時代。すべての写真燃やしたい。
大学生時代<なぞ花粉症・髄膜炎>
20歳ごろ、なぞの倦怠感により朝起き上がれなくなる、とにかく体が鉛のように重いという事態が発生。何事かと思って病院3件はしごしたら花粉症(!?)と診断される。んなアホな!!!と思ったけど、マスクしたら治ってまじマスクパネェ!!
さらに最後の年には姉がインフルエンザに罹った時期に高熱を出したため、咽頭炎を見逃され、拗らせてさらなる高みを求めて髄膜炎へ。それでも彼氏と卒業旅行にスノボ行こうとして医者から「死ぬ気か?」と言われて即入院。1週間ほどの入院で退院したものの、退院したその日の夜に40度の高熱。おいこらヤブ医者!どうなってんねん!怒りに任せて県立病院を受診。即入院で3週間検査入院するも原因不明のまま退院。
合わせて合計約一か月入院したら体力みじんこなってて水族館デートすらまともにできず、20分歩くごとに20分座って休憩するという高齢者以下の体力に。水族館一周するだけで4時間くらい時間つぶせちゃったよ!オトク★
新社会人~25歳ごろまで<なぞの手足あっちっち病>
みじんこ体力で新社会人になったら、何もかもがつらかった1年目。でもあっつあつのヘアアイロンの上に座って太もも火傷した以外の大きな病気やケガはなく、比較的落ち着いていた。
ーと思っていたら、25歳ごろの夏、手足あっちっち病に。あまりに手足が熱くてなかなか寝付けず、ようやく寝たと思っても夜中に起き、風呂場で手足を水につけて冷やす事態に。近くの内科受診したら、血液検査すらせずに「うーん。最近ストレスたまってない?」とか言い出す。ストレス溜まってない社会人なんていねぇんだよ!自力でネット検索するも自律神経失調症の疑い?くらいしか出てこず、アイスノン大量に買って何とか乗り切ってたら冬になって落ち着いた。
翌年からはあっちっち病は発症せず。なんだったんだ…と思っていたが、後から思うとこの頃からバセドウ病に罹患していたのだと思う。
25歳~30歳ごろまで<ついに始まるバセドウ病&うつ病との闘い>
すべての体調不良は歳食ったせいだと本当に信じていたあの頃。今思えば25~30歳とかめちゃくちゃ最盛期だから!!と言いたいが、あの頃の私の体力は今の私よりもみじんこになっていた。
そう、徐々にバセドウ病が身体を蝕んでいたのに全く気付いていなかったのだ。
発見されたのは全くの偶然であった。溶連菌感染症で高熱を出し、2回解熱剤を飲むも39度から下がらず、一人暮らしで不安を覚えた私は人生で初めての救急車を呼んだ。(今思えば#7119に電話してタクシーで行けばよかったが頭が回らなかった。)搬送された先の病院の院長先生(推定年齢80歳以上。難聴)が私の甲状腺が腫れていると気づき、バセドウ病を発見してくれた。まじ感謝。
偶然発見してくれたなんてこの先生スゴイ!とか思って専門医に見せることなく院長先生のこと信じてたら、1年で一旦断薬して1年で再発★(バセドウ治療中にジベルばら色粃糠疹にも罹患。)
転勤をきっかけに専門クリニックに行って過去の血液検査データ見せたら、そもそも検査項目間違ってたり、投薬方法間違ってたことが判明。専門医まじ大切。
発病したり再発したり薬のんだりで体調の波も大きくなるが、発熱もしてない・薬も飲んで数値も落ち着いているのにしんどいなんて甘えでは?と自分で自分を刺しまくり、ついに横断歩道を渡ることさえ困難に。
さらに、家に帰ると突然まるまって「だれか助けて、助けて、助けて」(何から助けてほしいのか自分でも分らない)と泣き出したり、髪の毛が異常に抜けたり、理由もなく”タヒなねばならない”という衝動に駆られるようになる。
これはさすがにおかしいと思って心療内科を受診。即日、休職した方が良いと言われ、ここからバセドウ病&うつ病との闘いが始まった。
30~37歳ごろまで<バセドウ病・うつ病・双極性障害・希死念慮>
主に当サイトにまとめていく予定の7年間。
最初はバセドウ病からはじまり、うつ病と診断されてから3年ほどで双極性障害へ。(途中、頚椎椎間板ヘルニアに2年ほど苦しめられるのはまた別のお話し。)
この7年間はほぼ希死念慮との闘いだったと言っても過言ではない。なぜ自死(自殺)してはならないのか?なぜ日本には安楽死制度がないのか?苦しまずにタヒねる方法は何か?毎日のように泣きながら検索する日々。たまに落ち着く時期はあるものの、根底に「タヒなねばならない」という気持ちを抱える日々を送っていた。
休職からリワークを試みるも1日も復帰できず大失敗に終わり、退職。アルバイトどころかその日外に出れるかどうか、その日の朝にならないと分からない状態になり、単発バイトすら難しい状況に。
長期に渡って貯蓄を食いつぶし、経済的に「もうタヒぬしかないな。」という状況に追い込まれた時、「よし。やるだけやってダメならタヒんで良いことにしよう。」と思ったコトがきっかけで、皮肉にもずっと抱えていた「タヒなねばならない」という希死念慮からようやく解放。「全部やってダメならタヒんでも良い」から「とりあえず今日はタヒなない」に変わり、「とりあえず明日まで生きよ」と思えるようになった。
私は希死念慮を拭い去るだけで7年もかかってしまった。いまだ社会復帰はできていない。
もしかしたら私の体験談や私が得た知識を共有することで、一人でも多くの人が1日でも早く苦しみから解放され、サイトの広告収入を得ることで私の社会復帰?にもなるかもしれない!ーと思い、本サイトを立ち上げた次第。
双極性障害という特性上、どうしてもうつ期には更新できない日もあると思いますが、どうぞみなさま、生暖かくご愛読くださいね!
ぷっちんいくらの現在
現在のぷっちんいくらは、障害年金2級を受給して細々と生存。デスクワークのパートしてみたり、単発バイトしてみたりしたけど、とにかく体力がみじんこよりみじんこ。調子が良い時期でも1日働くと翌日~翌々日はまるっと死んでる。倉庫内軽作業とかやった時にゃあ、3~4日死んでた。
デスクワークなら週2日いけるんだけど、週2日だけやらせてくれる通える範囲のデスクワーク可能な勤め先となるとなかなか見つからないわな!
そんなわけで過去の知識を活かして当サイトを開設し、アフィリエイトで何とか生活費の足しに出来ないかな~と画策中。これなら在宅で出来るし、調子悪い時は無理しなくても何とかなる。
不安定要素はあるもののうまく収益化できるところまで持っていけるといいのだが…いつまで調子よい時期が続くかとの勝負…( `ᾥ´ )クッ
なので、少しでもこいつ応援してやりてぇな~~と思ったら、ブログ見に来てくださいね!(見て下さるだけでも収益に繋がなります。(๑•̀ㅂ•́)و✧)
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